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大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)1972号 判決

原告 増永忠雄

右訴訟代理人弁護士 米沢喜作

右同 広重慶三郎

被告 岡崎きぬ江

右訴訟代理人弁護士 野玉三郎

右同 安富敬作

右同 辻本公一

主文

被告は原告に対し別紙目録記載の建物の中北端の一戸を明渡せ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、別紙目録記載の家屋がもと原告の先代増永五作の所有であったこと、被告の先代岡崎慶治郎が昭和二〇年三月原告の先代より右建物の中北端の一戸を賃借したこと、被告先代の死亡により被告がその賃借権を承継したこと、一方原告も相続により右家屋の所有権を取得し賃貸人たる地位を承継したことは当事者間に争はない。

そして≪証拠省略≫によると、原告は昭和三二年九月二八日頃(一)本件家屋は被告夫婦及びその子供の住居として使用し他の用途には使用しないこと、(二)原告の書面による承諾を得ない限り如何なる名目を以てするもその全部又は一部を転貸し、又はこれに他人を同居せしめないこと、その他の事項を内容とする賃貸借契約書(甲第一号証)を作成し、被告よりこれにその署名を得て差入れしめたことが認められる。原告はその頃原被告間に於て旧来の賃貸借契約を合意解除し、右甲第一号証によって新な賃貸借契約を締結したものである旨主張するが、旧賃貸借契約を解除する旨の明示又は黙示の合意のあったことを認めるべき証拠は存しないのみならず、原告本人尋問の結果(第一回)によると原被告の先代間に授受された金二〇〇円の敷金を返還することもなく又別段増額することもなく(当時の賃料は月額二四四七円である)そのまま今後の敷金としていることが認められるから右甲第一号証の差入れによって新な賃貸借契約をなしたとみるのは相当でない。然し原告本人尋問の結果(第一回)から考えると、原告は原被告の先代が何れも死亡していることであるので、賃貸借当事者殊に賃借人が誰であるかを明らかにしておく必要があること、併せて賃借人に於て今後本件家屋を居住用以外に使用しないこと、他人を同居せしめないこと等の賃借人の義務を定めこれを明確にしておく必要から右甲第一号証を差入れしめたもので、右後者の限りに於て旧来の賃貸借契約の内容を一部変更したものとみるのが相当である。ところで被告は右甲第一号証の文言は単なる例文に過ぎない旨主張するが、右契約書を差入れしめた目的が右の如きものと認められる以上右文言を以て単なる例文と解することは到底出来ないのであって、被告の右主張は採用の限りではない。そうとすれば被告は右甲第一号証の契約書を差入れることにより、賃借人として今後本件家屋を居住用以外に使用しないこと、他人を同居せしめないこと等の義務を負担するに至ったものである。

二、被告は現在本件家屋を天理教教会場として使用していることは当事者間に争はない。被告は右教会場として使用するについては昭和二四年一〇月一日原告の承諾を得た旨主張するが、この点に関する乙第二号証は天理教本部に存する写を更に小林森之進が写して来たものであること証人小林森之進の証言によって明らかであり、その原本なるものの存在を認めるべき証拠が存しないから、右乙第二号証によっては被告の主張を認めるに由ない。又右証人の証言並に被告本人尋問の結果(第一、二回)によっても未だ右被告主張の事実を認めるに充分でない。而して原告本人尋問の結果(第一、二回)によると原告は前記甲第一号証契約書を差入れしめた後、被告に於て本件家屋を教会として使用している事実を覚知し、口頭を以て屡々被告に対してこれが中止方を申入れたが、応ぜず今日に至っていることが認められる。被告本人尋問の結果(第一回)中右認定に反する部分は措信しない。ところで右教会場としての本件家屋の使用状況については証人小林森之進の証言並に被告本人尋問の結果(第一回)により被告はその母菊乃がつとめていた天理教治清分教会長の地位を引継ぎ、本件家屋を右分教会場とし、右家屋(階下六畳、四畳半、二畳、二階六畳二間)の階下六畳の間に祭壇を設け、月に一度月並祭と称するお祭を行いその際六、七人の信者並に関係人が集り参拝するほか平日にも一、二の信者の参拝がある程度であることを認め得られ、この程度の用方違反が直ちに本件賃貸借契約を解除しなければならない程の背信行為に当るか否かは別として、少くとも前記甲第一号証契約書に定める家屋使用方法に違反していることには変りはないと云える。

三、被告が本件家屋に訴外谷川要を昭和三五年五月頃から同居せしめていることは当事者間に争はない。而して≪証拠省略≫によると被告は右訴外人を昭和三五年四月頃より三ヶ月間居させ、その後同年九月頃再び同人を同居させて現在に至っていること、右同居させるについて原告に無断で行ったこと原告は同年五月頃始めて右谷川が同居していることを知り被告に抗議した処被告は三ヶ月だけであるからとのことであったので原告も了解したが三ヶ月経った後も尚同居している様子であったので原告は同年八月一二日頃再び抗議した処被告は現在谷川を泊めていないと強張し、且つ今後谷川は勿論他の何人も同居せしめない旨の覚書(甲第四号証)を原告に差入れたが、同年九月より再び谷川を右の如く同居せしめたものであること、谷川は天理教の信者で入込人と称し、天理教の修業をし或は布教に従事するかたわら教会の雑用に奉仕するものであるが教会は必ずしも入込人を置かねばならぬものではないことが夫々認められる。被告は谷川より信者としての修業をしたいとの強い希望によって同人を同居させるようになったのであり、又将来は同人を自己の養子とする意思であったのであるが(被告本人第一、二回尋問の結果)それにしても天理教信者でなく、又原告より何等の説明も受けていない原告にとっては谷川の同居は唯の他人の同居としか影じないのであるから、同人を入込人として置くについては予め入込人になるものの性格、将来は同人を養子とする意思であること等を説明して原告の了解を求めるのが賃借人として当然の措置であり、殊に原告より再三の抗議を受け、今後は谷川は勿論他の如何なる者も同居せしめることをしない旨の誓約までしているのであるから、谷川を再び入込人として置くについては尚更右の措置を執るべきであったと言わねばならない。この点に関する被告の賃借人としての態度はその義務違背の程度軽からぬものと考えられる。尚、≪証拠省略≫によると被告はその後昭和三八年一二月二七日谷川を養子としていることが認められるが、右は後記の通り既に原告より本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示がなされた後の事柄であるから、右解除の成否を判断する直接の事情とはならない。

四、≪証拠省略≫によると昭和三五年八月二四日被告と同居する被告の母菊乃(当時七三才)が本件家屋の庭のモルタル塗塀の直ぐ近くで枯葉をくすべたところ塀のモルタルが下部で剥落していてルーヒング及び貫板が露出していた為これに燃え移り近隣の者が協力して消止めたが結局右塀の下部で巾約一米、上部に巾三、四米、高さ約五米に亘る扇形部分を焼燬したこと、本件家屋附近は道路狭隘で消防車の進行が容易でない場所であること、右火災により近隣の者が少なからぬ不安感を抱いたことを夫々認めることが出来、これを覆すに足る証拠はない。而して右は賃借人たる被告の履行補助者である菊乃の過失に基くことは明らかであり結局被告の善良なる管理者としての注意義務に欠けるところがあったことに帰する。

五、原告が右二乃至四に認定の事実を理由として昭和三六年一月二八日被告に到達の書面を以て本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたことは当事者間に争はない。而して右二乃至四に認定の各事実を総合した場合被告の義務違背の態度は正に本件賃貸借の継続を困難ならしめる場合に該ると解されるので右解除の意思表示は有効である。

そうとすれば本件賃貸借は右同日の経過と共に消滅したのであるから、被告に対し本件家屋の明渡を求める本訴請求は正当として認容すべきである。仍て訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 林義一)

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